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【健康まちづくりプロジェクト福島編⑤】いわきフィールドワーク 2日間の振り返り──「まちの体温をあげる」とは何だったのか

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一般社団法人Spiceの渡辺です。
本稿では、「健康まちづくりプロジェクト」における2日間のフィールドワークについて、これまで連載形式でお届けしてきたレポートの総括として振り返ります。

今回のフィールドワークを通して、前日の授業内で立ち上がってきたキーワードがありました。それが「まちの体温が上がる」という言葉です。

比喩的な表現ではありますが、この言葉には、参加者それぞれが「どのような状態のまちでありたいのか」を直感的に思い描く力がありました。
じんわりと温かさが広がるような感覚を手がかりに、抽象度の高い問いについて議論を深めていく時間となりました。

2日目の朝は、8時30分にゲストハウスへ集合しました。
北村さん手作りの朝ごはんをいただき、ゆったりと1日が始まっていきます。

北林さんが用意する食事には、食材の生産地や背景が丁寧に示されており、「どこから来たものなのか」「誰が関わっているのか」に思いを寄せながら食べることができます。
この食事の時間そのものが、人と人との関係性をつくるひとつの接点になっていることを感じました。食事をいただいたのち、「まちの体温が上がる」という抽象度の高いテーマで議論を行うことに。まずは伊藤先生より、生徒へ「体温が上がる」ということを掘り下げるところから。

食事の後は、「まちの体温が上がるとはどういうことか」というテーマについて、改めて議論を行いました。
伊藤先生から生徒たちへ投げかけられたのは、「体温が上がったと実感するのは、どのようなときか」という問いです。

怒りなど感情が大きく動いたとき、身体が熱くなる感覚。
子どもたちが遊んでいる様子を見て、ほっと心が温かくなる瞬間。
運動をして実際に身体が熱を帯びるとき。

生徒と大人がそれぞれの経験を持ち寄りながら、「体温が上がる」という現象には、身体的・感情的な複数の要素があることを確認していきました。

次に伊藤先生から、「では、まちの体温を上げるとはどういうことなのか」という問いが北林さんへ投げかけられました。
北林さんは、過去に学生インターンを受け入れた際のエピソードを紹介してくださいました。外から若者が商店街に関わることで、商店街の中でのコミュニケーションが変化し、学生と関わった商店主たちが、その出来事を嬉しそうに語るようになったといいます。
高齢の商店街の店主たちの表情がやわらぎ、関係性のなかに小さな変化が生まれていく様子を見て、「体温が上がる」という感覚を強く実感したのだそうです。

一方で、人が多く集まれば自動的に体温が上がるわけではない、とも語られました。
東京でのまちの営みを例に挙げながら、効率や合理性だけが優先される空間は、必ずしも「体温が上がる状態」とは言えない。その違いについて、北林さんなりの感覚が共有されました。

話題はやがて、イオンモールの開業に直面した当時の葛藤へと移ります。
「圧倒的な経済合理性だけで考えれば、商店街は太刀打ちできない。このままでは潰れてしまうのではないか。」と感じた時期があったといいます。

その問いのなかで、「商店街を続ける意味とは何か」「自分たちは何を大切にしたいのか」を改めて考え、「人と人とのつながり」や「体験の場としての商店街」という価値を、現在の店舗運営にも反映させてきたことが語られました。

こうした話を受けて、生徒たち自身が感じたことを共有する時間が設けられました。
発表の中では、商店街に設置するパネルのためのクラウドファンディングに取り組んだ経験も、「体温が上がる出来事のひとつだった」と語られました。

商店街でのフィールドワークを通じて、「佐倉はあまり知られていないのではないか」「思っていた以上に難しいのではないか」と感じる瞬間もあったといいます。そうした戸惑いに対して、小松理虔さんから「そもそも、みんなは難しいことに取り組んでいるのだ」という言葉が投げかけられる場面もありました。

多くのヒントをもとに感じたことを持ち寄り、議論を深めていくプロセスそのものが、生徒たちにとって刺激的な学びの時間になっていたように思います。

渡辺より

編集後記

1泊2日とは思えないほど、非常に濃密な時間でした。
私自身も参加するたびに心に残る場面が多く、忘れられない記憶の一つになっています。最初は「巻き込まれている」ように見えた生徒たちが、回を重ねるごとに自ら議論を深め、地域の大人たちに思いを伝えていく。その姿に大人が心を動かされていく瞬間を、何度も目にしました。

ここからは、少し個人的な視点も交えながら振り返ります。

私は普段「こども・若者の主体性をどのように取り戻すのか」というテーマを抱えながら「子どもアドボカシー」という文脈でも活動しています。これまで、さまざまな事情から親や家族と離れて暮らす子どもたちのフィールドでも働いてきました。

家庭が安定した土台になりにくい子どもたちを、社会の中でどのように支えることができるのか。日々模索するなかで、「主体性を取り戻す営みは、生活のどこに生まれるのか」という問いを持ち続けてきました。

その問いを抱えたまま本プロジェクトに関わるなかで、生徒の「やってみたい」という声に、大人が本気で応答する場面を数多く目にしました。
物事は小さく始めても良いということ。思いを少しずつ言葉にし、大人と共有しながら共同体として形にしていくこと。

そうした営みが、学校という場においても十分に可能であることを実感した、衝撃的で密度の高い時間でした。

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