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【健康まちづくりプロジェクト④】いわきフィールドワーク ゲストハウスFAROの滞在について(後編)

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一般社団法人Spiceの渡辺です。
「健康まちづくりプロジェクト」福島フィールドワーク第4弾を公開いたします。

今回のフィールドワークでは、終始、非常に白熱した議論が交わされていました。

どの場面を切り取っても内容が濃く、削るにはもったいないと感じるやり取りが多くありました。そのため、本稿では、実際に行われた議論の流れや内容を、できる限り丁寧に書き留めています。

読んでくださる皆さまにも、議論が次第に深まっていく様子や、その場ならではの思考の揺らぎや対話の様子が伝われば嬉しく思います。

一通り、ほこみちでの体験を終えたのち、その日一日で得た気づきを言葉に落とし込む時間を持ちました。

最初の問いでは、「イオンモール小名浜」を実際に歩いてみて「思ったこと」「感じたこと」「印象」の三つの軸に分けて考えました。それぞれについて各グループで話し合い、ホワイトボードに書き出していきます。
グループでの議論をホワイトボードにまとめたのち、グループごとに発表が行われました。

その内容を画面に投影しながら、全体として整理していきます。

発表のやり取りを受け、伊藤先生からこの授業に参加していただいている、「小名浜で暮らす人」や「たいら」で暮らすゲスト講師の方々へ、問いが投げかけられます。
「小名浜」と、「平(たいら)」は、いわき市にあるまちですが、雰囲気が全然違います。
ゲストハウスFAROのある「平」は、JR常磐線の駅があり駅前には飲食店が多く並んでいて、時間帯によっては人が多く行き交う街でもあります。

一方、イオンモールいわき小名浜がある「小名浜」は「人が多く行き交う街」というよりも、海が近くにある町。ゆったりとした時間が流れている雰囲気があります。

同じ「いわき市」でも車を40分走らせるだけで、まちの雰囲気が変わってきます。
「老舗のお店は、イオンモールに入っているのか?」
この問いをきっかけに、実際に地元で暮らす方々と伊藤先生の対話が始まりましたが、答えは「ノー」。
出店されなかった理由として挙げられたのは、イオンモールに出店するための家賃の高さでした。震災復興の象徴的な存在であることから、「入りたい」と考える人もいたものの、事業を継続していくには現実的に厳しい家賃設定である、という声が聞かれました。
一方で、小名浜を訪れた人が「地元のお店らしいものを買いたい」と思ったとき、どこに行けばよいのか。その選択肢として挙げられたのが、近隣にある道の駅「いわき・ら・ら・ミュウ」でした。

では、小名浜で暮らす人、平(たいら)で暮らす人は、それぞれどのくらいの頻度で小名浜のイオンモールを利用するのでしょうか。
回答はさまざまでしたが、週に1〜2回訪れる人は「子どもが楽しめる仕掛けがあるから」と語り、中には「半年に一度ほど」という声もありました。
特に印象的だったのは、「映画を見るなら、月に一度くらいは行くかもしれない」という言葉です。
「イオンモールいわき小名浜」には、イオンモールとしては珍しく、大手ではなく地元に根付いた映画館「ポレポレシネマズ いわき小名浜」が入っています。
そこには、いわきらしさ、小名浜らしさが残されているのだそうです。
議論がさらに深まるなか、小名浜で暮らす小松理虔さんから、次のような言葉が共有されました。
「小名浜に暮らす自分でも、平に買い物に行くことがある。その動機は『人に会いたいから』です。イオンでは、知り合いがレジを打っていることはあっても、その人に会いに行きたい場所とは少し違うかもしれない」
地元で暮らす立場だからこその視点が、議論の場に共有されていきました。

生徒からは、いわきで暮らす方々に向けて質問が投げかけられました。
「震災が起きた際、新しいイオンモールが完成したことについて、現地の住民はどのような感情や思いを抱いていたのか」という問いに対し、「もともと再開発が取り沙汰されていたんだけど、震災がきっかけで再び議論されるようになり、イオンモールの建設に至った」という回答がありました。
一方で、「小名浜のまちにイオンモールがあることには、いまだに慣れない。まちに馴染んでいないと感じる」という率直な声も聞かれました。
活発な議論が行われているところで一旦休憩を挟み、その後、ほこみちで体験した内容を共有する時間へと移りました。

問いの構成は前段とほぼ同様。ほこみちを実際に体験して「思ったこと」「感じたこと」「印象」について、再び各グループで話し合いが行われました。

(今回同行している1年生も意見を出しやすいよう、4年生が中心となって議論を進めていました。)

先ほどと同様に、各グループで話し合った内容が全体で共有されます。

場に出された意見を整理したのち、再び議論へと進みました。震災前のいわきの光景を想像しながら、現在の姿を捉え直すような発言も見られ、その流れのなかで、小松理虔さんから新たな気づきが共有されました。
「イオンモールについて挙がっていた言葉と、ほこみちについて挙がった言葉は、性質が異なっているように感じました。イオンモールでは、道が広い、こうした店舗があるといった“利用者目線”の言葉が多く見られます。一方で、ほこみちに関しては、サービスを受ける側というよりも、実際にその場で何かを体験した人の視点に立った言葉が多く出てきているように思います。」

さらなる議論が深まりそうなところで、時間切れとなりました。
完全には言葉にしきれない余韻を残したまま、この議論は翌日へと引き継がれることになります。

渡辺より

編集後記

終始、大変白熱した議論の様子が、少しでも伝わっていたでしょうか。
議論終了後、引率の先生やゲスト講師の皆さまが机を囲み、授業内では時間切れとなった議論の「第3ラウンド」が自然と始まりました。編集後記では、その一部始終をお伝えします。

議論は、「では、買い物とは何なのか」という問いから始まりました。
対話に集ったのは、日頃から商売に携わっている方、行政で働く方、地域で活動している方、まちを俯瞰しながら文章を書く方、学校の先生など、立場も背景もさまざまなメンバーです。

「買い物とは、思い出を買うことではないか」
「お金を払って、あなたと話す時間を買っている」
「誰かの人生を買っているとも言えるのではないか」
そうした言葉が交わされるなかで、北林さんから、あるエピソードが共有されました

北林さんの母親は、店を閉める前まで2階で婦人服を扱っていました。
晩年は常連客が中心となり、店にはお茶が出され、常連客はお茶菓子を持ち寄る。5〜6人が定期的に集まり、1〜2時間ほど会話を交わすことも珍しくなかったといいます。
会話を楽しんだあとで、「では何か買っていこうか」という流れになる。
母親は仕入れの段階から「この人にはこの服」と、顧客一人ひとりの顔を思い浮かべながら商品を選んでいました。そのため、勧めた服は自然と相手に合い、結果として購入につながっていく。
そこには、長年にわたって築かれた信頼関係がありました。

この話を受けて、小松理虔さんからも、別のエピソードが語られました。
かつてオーダースーツ店で働いていた人物が、実家の福祉施設を継いだという社会福祉法人で理事長をされている方の話です。スーツを仕立てる過程では、背中や腹部など、身体に直接触れる「フィッティング」が行われます。相手への信頼があるからこそ、その行為が拒絶されることはありません。
一方で、フィッティングを行う側にも、相手に不必要な不安を与えないよう、触れる場所や距離感に細心の注意を払いながら、サイズを見極める技術が求められます。そうした関係性が成立しているからこそ、高額であっても購入に至るのだといいます。

小松さんはこの点を、福祉の現場におけるケアと重ね合わせて語りました。
おむつ交換など、身体に触れる行為を伴うケアにおいても、利用者との信頼関係が前提となる。その意味で、スーツを売るという行為には、ケアワーカー的な側面が含まれているのではないか、という指摘でした。

「結局、30万円のスーツを買っているのではあるけれど、それは“あなたから買っている”という感覚なのだと思います。生地の良さだけで選ばれているのではなく、人がきちんと介在している」
こうした言葉を起点に、「誰から買うのか」という視点や、「飲食店で食事をする際にも、人とのやりとりそのものが価値になっているのではないか」といった話題へと議論は広がっていきました。
「ものを買うこと」と「サービスを買うこと」。
その違いや意味を、さまざまな立場から考えを持ち寄る、濃密な時間となりました。

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